大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)8号 判決

主文

昭和二十九年抗告審判第六七五号事件について、特許庁が昭和三十一年二月七日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十七年五月二十九日、その考案にかかる、「靴下止金具」について実用新案登録の出願をなしたが(昭和二十七年実用新案登録願第一三六〇五号事件)、拒絶査定を受けたので、昭和二十九年四月十日これに対して抗告審判を請求したところ(昭和二十九年抗告審判第六七五号事件)、特許庁は昭和三十一年二月七日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、右審決書は同月二十三日原告に送達された。

二、原告の出願にかかる考案の要旨は、「アルミニユーム又はブリキ等の薄鈑を、細長く断截して、釣針型に彎曲させた一端を、やや内方に折曲げて、掛止片を形成させると共に、押圧された際他端が掛止片の基部に触接するようにした靴下止金具の構造」であるが、審決は、これと、昭和二十七年二月二十二日付訴外丸瀬健一の出願にかかり(昭和二十七年実用新案登録願第四〇一二号事件)、その後昭和二十八年実用新案出願公告第七七一六号を以て出願公告となり、次で実用新案第四一一四五三号を以て登録された「靴下綴金具」とを比較して、「両者は靴下止金具において、アルミニウムのような比較的軟い金属薄鈑よりなる細長片の一端に突起片(掛止片)を曲設し、中央部をまるく折り曲げて、他端が突起片の内方にあるようになした点は全く一致し、次の点に差異がみられる。すなわち(1)前者は突起片をやや内方に折曲げると限定した点、(2)前者は細長金属鈑を釣針型に彎曲するのに対し、後者は円弧状に折曲げた点、(3)前者は折曲げた他端が押圧された際突起片の基部に触接するようになしてあるのに対し、後者は折曲げた他端が突起片の内方にあるようになした点である。そこでこれらの諸点を審究してみると、先ず、(1)点は両者ともに内方に折曲つた突起片が挾持する靴下に入り込んで、靴下に止金具を取着ける作用効果において同等のものであるから、折曲げ方をやや内方になるように限定しても、両者は類似の構造と認められる。次に(2)点の細長片を釣針状に曲げることと、円弧を以て屈曲することとは、別異の構造を表わすものとは認められず、更にその作用、効果においても、折曲げられた両脚で靴下を挾持する点は全く同等であつて、この点にも実用新案としての差異は認められない。また(3)点の差異は、後者において特に折曲げた他端が押圧された際突起片の基部に触接する限定はないが、その図面には明かに押圧された際基部に位置するように示されているし、そのような設計は止金具として当然なされる設計であるので、この点でも両者は類似の範囲を出ない。

以上の結果両者は、その構造が類似し、その目的、作用、効果が同等のものであるから、類似の実用新案と認めるを至当とし、本件出願は実用新案法第四条に該当し、登録することはできない。」としている。

三、しかしながら、審決は次の点において違法であつて、取り消されるべきものである。

(一)  前記(2)点の判断について、審決は先ず本考案品が、極めて小さな物品であること、その用途が、弾力性に富むかなり部厚な毛糸とか又は化繊或は綿糸からなる靴下を一足以上束ねることを対象とするものであること、細長の金属製薄鈑であること、一個一個、人の指先によつて靴下に実施するものであることの根本概念を十分に把握していない。

この見地から両者を比較するに、引用考案の、細長片の「円弧状の屈曲」は一個だけであつて直ちに折曲片に連なり、しかも該片は一直線の形状であつて、この考案の係合部は一個である。これに対し原告の考案にあつては、引用考案の「円弧状の屈曲」に相当する折曲げの部分が、これに通ずる細長片の彎曲(以下彎曲部という。)とにより、その係合部は二個である。原告の考案は、この二つの係合部の総合によつて構成せられている。従つて束ねられる靴下が、引用考案の「円弧状の屈曲」に適合するか、やや部厚なるか、または弾力性を有する場合には、折曲片をいかに指先で押えても、元来が腰の弱い細長の薄鈑であるから、その先端は、バカになつて押えが利かなくなるか、全く押えの用をしないか、または初めからバカになつている。これは上記の屈曲部が円弧形に固定し、係合部が一個に定まつており、それに折曲部が直線のため弾性力がなく、実際には靴下の単なる押えの作用しか弁じないためである。

しかるに原告の考案は、前述のように二個の係合部からなつているので、靴下は第一の係合部中に抱き込まれ、またその屈曲部が彎曲の膨みを有しているので、靴下はその膨み中に抱き込まれ、しかも靴下の反撥力を緩和しかつ指先の力は、彎曲片の先端押圧力と相まつて、第二の係合部の先端に加えられ、靴下を抱き込むように挾着する。この場合における靴下の束ね作用の強弱は、人の指先によるだけに逕程の差があり、折曲片と彎曲片との先端における作用と、後記する突起と掛止片との作用の相違もまた頗る顕著である。

右作用の優劣により、その効果についても、引用考案においては、細長片と折曲片とで、靴下を単に挾むか押えるに過ぎないから、たとい突起があつても、折曲片はいきおい端部から浮び上り、靴下は容易に離脱する虞れがあるけれども、原告の考案にあつては、彎曲片の先端が下向きとなるので、指頭による圧力が、その端部に加えられ、その束ね作用は一層強力であり、しかも彎曲部が大きく開放せられているので、挾み易く、さらに束ねた結果は、彎曲片に曲部が形成せられるので、つまみ易くなり、靴下を取り外すのに好都合で、引用考案からはこうした効果を期待することができない。

(二)  同(3)点の判断について、引用の考察にあつては、靴下を束ねると折曲片が遊離しがちのため、突起は片とは全く無関係なものとなり、単に靴下の一面に差し込まれたに過ぎない結果となるが、原告の考案にあつては、掛止片は、彎曲片とともに、束ね作用を強力に遂行することが明瞭で、両者はその作用と効果とにおいて甚しい差異を有する。

(三)  更に原告の考案と引用の考案とは、先後願の関係にあつて、後者が前者の出願前公知になつていた場合ではないから、本件における類似範囲の判定は、引例が公知の場合の基準によるべきではなく、少くとも権利範囲確認の審判における類否判断の標準を以て律せられるべきである。さらに先後願の関係にある事情を十分斟酌すれば、確認審判における類似の範囲を多少狭められて然るべきものとさえ考えられる。

してみれば前述したような構造、作用、効果の差異がある以上、両者の考案は、これを別異の考案と認め、先願を以て後願を排斥すべきではない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めると述べ、原告主張の請求の原因に対して、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  原告の考案と引用の考案とを比較してみると、後者が一方では折曲片で、他方は折り返えされた細長片で靴下に係合されていることは、その図面及び説明書の記載から明らかであり、原告においても、後者の止金具が靴下を挾み押えて束ねる作用効果を認めている。従つて後者のものも明らかに二ケの係合部を有し、この点両者の間に構造上の差異はない。ただその係合の仕方が、前者は先端の小面積で係合しているのに対し、後者は比較的広い面積で係合しているが、かかる差異は構造上の微差の域を出でず、その作用効果においても、前者が靴下をくわえ込んだ場合彎曲片が靴下を圧する部分の単位面積当りの圧力は後者よりも大きいとしても、後者においては係合する面積が広いから、全体として止金具が靴下を挾持するため、これに及ぼす圧力はむしろ大きい。同一材質の場合、前者は後者よりつまみ易く、取外し易い点はあるが、このことは逆に外力に対して前者の方がより外れ易いことを示すものであり、作用効果において、前者が後者に比して特に優れているとは認められない。

なお原告主張の本件考案が「二ケの係合部を有する作用効果がある」ことの趣旨が、彎曲金具を押圧した際その頂部と、彎曲金具の端部との二ケ所で靴下を係合挾持する作用効果があるとの意味だとしても、かかる効果は引用例のものにも認められる。すなわち後者の綴金具に靴下を挿入して折曲片と他の細長片とを押圧する場合を考えると、力学上(a)両片はその頂点においてその曲率半径を小さくしつつ、更に、(b)その両端部は中間部に比してより近接する如く彎曲するのが普通であり、非常に特定の場合(このような場合は殆んどおこり得ないが)(b)は(c)折曲片が他の細長片と平行になる。(a)(b)の状態となる場合は、(a)の結果靴下の厚さと金具の曲率半径との関係により、その頂点において靴下を係合挾持するとともに、(b)の結果、その両端部でも、また靴下を係合挾持することとなり、後者も前者と同様二ケの係合部を有する作用効果を生ずる。特別な場合として(a)(c)の状態となるときは、頂点と端部とで係合挾持することにはならないが、折曲片全面で靴下を押圧することとなり、連続した無数の点で靴下を係合挾持することとなる。頂点と端部との部分的圧力は、前者の方が後者より大きいとしても、全体として止金具が靴下を挾持するため、これに及ぼす圧力はむしろ後者の方が前者より大きく、従つて靴下を係合挾持する作用効果において、前者が後者より劣つているとはいわれない。

(二)  彎曲片の作用効果について、原告の考案が引用考案に比して特に差異が認められないことは、(一)について述べたところと同一である。後者の綴金具に靴下を挿入して折曲片を押圧すれば、一般の場合前記(b)のように、折曲片の先端は、細長片に近接する如く傾斜して折れ曲るから、その先端と突起片とによつて靴下を喰込む如く挾持することは十分認められる。もし(c)のようになつたとしても、折曲片が靴下を押圧する全圧力は前者と変らないばかりか、前者より大きいことは繰り返し述べた通りである。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争いのない事実と、その成立に争いのない甲第一号証(本件実用新案登録願)及び乙第一、二号証(昭和二十八年実用新案出願公告第七七一六号公報)に、それぞれ記載された説明書の全文及び図面とを総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告の本件実用新案登録の出願にかかる考案の要旨は、別紙図面に記載するような、「アルミニユーム又はブリキ等の薄鈑を、細長く断截して、釣針型に彎曲させ、ほぼ直線状をなす下辺の一端をやや内方に折り曲げて、掛止片を形成させるとともに、押圧された際、弧状をなす上辺の他端が、掛止片の基部に触接するようにした靴下止金具の構造」であり、その説明書には、作用及び効果の要領として、「右考案を使用するには、彎曲部に一足の靴下を挾み込み、掛止片を靴下に通して、これを掛け止めた後、指先で、該金具の両面を押圧する。しかるときは、他端は、掛止片の基部において、その靴下を強く押えつけ、該金具全体によつて、その靴下を挾み止める。」従つて、「本考案は、構造が極めて簡単であり、着脱の作用も操作も頗る容易であるから、主として、手先によらねばならないこの種のものには、最も適合するばかりでなく、彎曲部が大きいので、たとい靴下が綿又は毛のように部厚なものであつたり、弾力性に富むものであつても、挾込み易く、取外し易く、それに、挾んだ外観も靴下に喰込まないから、体裁も良好であり、しかも、巾も厚みも同じであるから、甚だ強靱堅牢で、製作の労費も少なく資材に無駄を生じない等、よく大量生産の目的に合致する。」と記載されている。

これに対し審決が引用した刊行物に記載された考案の要旨は、同じく別紙図面に記載するような「一端に突起を折曲したアルミニウム、真鍮の如き薄鈑の直線状の細長片の半部を円弧を以て屈曲して折り返し、直線状の上辺折曲片となし、その端部は、下辺先端の突起の内方に在らしめた靴下綴金具の構造」にあり(円弧を以て屈曲して折り返された細長い上下両辺が、直線状であるという限定は説明書にはないが、図面には直線状のものが記載され、直線以外のものについては、全く考慮されていない。)、その説明書には、作用及び効果の要領として、「右考案については、下辺の突起と上辺折曲片の端部間より、一足の靴下の口縁等を挿入し、上辺折曲片を押圧すると、上辺折曲片は靴下を綴付し、突起は布中にめり込んで、端部との間の摩擦もあり、かつまた素材は、アルミニウム、真鍮の如く粘りのある金属で、鋼のような弾性がすくないので、押圧のままの形状を維持し、また円弧状屈曲部のため、一足の靴下の口元が金具の奥まで入り込んで、しかも傷まず、かくして綴ぢ付けを体裁よく、しかも迅速に能力よく遂行することができる。」と記載されている。

三、よつて以上認定にかかる本件の考案と引用の考案の要旨とを比較考察するに、両者は、アルミニウム、真鍮のような比較的軟かい金属の薄鈑の細長片を、中央部においてまるく折り曲げ、上下両辺を形成するようにし、下辺の先端を折り曲げて掛止片を設け、上辺の先端が、掛止片の内方にあるようにした靴下綴金具の構造であることにおいて一致するが、本件考案が、金属薄鈑の細長片を釣針型に彎曲し、これによつて形成される上辺は弧状をなして、下辺の掛止片の折曲部に対向するのに対し、引用考案は、中央部を円弧状に折り曲げ、これによつて形成される上下両辺は、ともに直線状をなし、上辺の端部が下辺先端の掛止片の内方にあるようになつている点において、構造上の差違が認められる。

右構造上の差違がもたらす両者の作用効果の相違について判断するに、先に認定した各説明書の記載及び両考案を実施したものであることについて当事者間に争いのない検甲第一、二号を総合して考察すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件考案のものは、アルミニウム又はブリキ等の薄鈑が釣針型に彎曲し、これによつて形成される上辺が弧状をなしているので、説明書に記載されたように、「たとい靴下が綿又は毛のような部厚なものであつたり、弾力性に富むものであつても挾み易く、」すなわち靴下を包容する部分にゆとりがあるから、同一の大きさのもので、ある程度までは厚さを異にする数種の靴下に使用することができるのに対し、引用のものは、上下両辺が直線をなしているので、包容することのできる靴下の厚さは、上下両辺が平行したときの距離に制約され、従つてこれを実際に使用する靴下の厚さに応じ、上下両辺の距離を変えた各種の大きさのものを使用しなければならない。

(二)  これを使用して靴下を挾み止めるにあたり、本件考案のものにおいては、挾む靴下の厚薄とは、関係なく、掛止片に対向して弧状をなす上辺の先端を下方に向けて押圧すれば下辺掛止片と相まち、くわえるように、容易に靴下を挾み止めることができるが、引用の考案のものにおいては、挾む靴下の厚さを考慮しつつ、上辺の端部が、下辺先端の突起の内方に来るように押圧しなければならない。

(三)  靴下を綴り止めた後において、本件考案のものにおいては、釣針型に彎曲し、弧状をなして掛止部と対向する上辺の先端は、綿糸、化繊又は毛糸等の靴下の材料に対して、上から斜めに喰い込み、止金具の弾力は殆んどこの点に集中して、綴り止める作用をしているから、陳列場等において、客が靴下を手に取り、振り動かした場合等に、不用意に靴下が外れることは比較的少ないが、引用の考案のものにおいては、突起があるとはいえ、上下両辺は、ただ押え挾んでいるだけであるから、本件考案のものに比し、より少ない動揺によつて、掛止片との噛合せが外れ、かつ上辺は直線をなすから、靴下がすべり外れる危険が多い。

四、本件考案のものは、以上認定のように、審決が引用した考案のものとは、その構造、作用及び効果にするものであるから、両者は別異の実用新案と判断するのを相当とする。

してみれば、本件実用新案は、実用新案法第四条に該当するから、登録することができないとした審決は違法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

原告の登録願書添付の図面

第一図~第六図〈省略〉

引用公報記載の図面

第一図~第三図〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例